本物の幸せ

yoko162007-02-11

って何でしょう?


幸せって、どこから来ると思いますか?


幸せって、どこかよそからやってくると思っていたら、
人は『青い鳥』を探して、ずっとどこかをさまようことになります。


でもね、幸せって、自分世界の外にはないんですよね。
『幸せ』は、自分で作り出すもの、生み出すもの、なんです。


メーテルリンクの「青い鳥」のお話は、とても秀逸だと思います。
子供たちは自分たちの幸せを探して、冥界までも旅をするけれど、
本当の幸せは、自分の家にあったというお話。


この場合、自分の家は、自分の心です。

このお話の中で子供たちは、幸せを探して様々なところをさまよいます。

精神世界を旅する人たちも様々な世界を旅します。
中には、実際、自分を知りたくて世界中を巡っている人もいる。


でも、本当の自分や本当の幸せは、自分以外のどこを探したって、
見つかりはしません。
だって満足は、あなたの心の中にしかないんです。

どこかに自分の幸せが転がっていないかと、探してみたって、
自分の外には、何もありはしないんです。


なぜか?

その答えはあなたが持っています。



設問*「あなたは、身体のどこ、心のどこで幸せを感じますか?」



さて、あなたはこの設問に答えられたでしょうか?

あなたが幸せを感じる器官は、身体や心のどの部分でしょうか?


そう・・・、これが答えです。


「あなたの幸せ」は、あなたの中にしかない、ということ。
あなたの身体や心の中にしか、幸せや不幸を『感じ取る』器官は存在しないんです。
他人の心の中に、自分の幸せを感じる事はできませんから。


つまり、あなたが感じる幸せや不幸の正体は、
『あなたの意識がそうだと決めたもの』なのです。


わかりますか?

いつも「あなた」だけが、あなたの幸せ、不幸せを決めているのです。

あなたが不満なのは、あなたの置かれている「状況」のせいではありません。
あなたが自分の状況を「不満」だと『決めた』からそうなったのです。


自分を『不幸』だと決めたら、あなたは不幸だし、
自分を『幸せ』だと決めればあなたは幸せなのです。


この単純な物事の構造を理解できるでしょうか?


これはシンプルですが、非常に重要なことをお話しています。
この事を流してしまう人は、まだ本当の幸せを掴む用意ができていません。

幸福も不幸も、『自分が作りだすもの』だと言うことを、
はっきりと認識してください。
これは、非常に重要なセンテンスです。


私たちは、いつも自分の状況を常に「自分が作り出して」います。
そのことに気づきましょう。

この事に気づかずに、誰かを羨んだり妬んだりすることは、
自分の振動数を下げてしまうことです。
そんなことで振動数を下げていては、この先の新しい世界には
決して行くことはできません。
また、誰かのせいにしたり、人の不幸に付き合っている間は、
あなたは幸せにはなれません。


もしそんな思いを持っているとしたら、すっぱりと綺麗に捨てましょう。
その手の感情に振り回されている間は、
『私は幸せになりません。』と宣言しているようなものです。
人のため、と思っているなら、それは大きな勘違いというものです。
あなたが一緒に誰かと不幸になっている間、その人とあなたは共に
幸せになる事などできません。

もし、あなたがその人たちと共に幸せになりたいと願うのなら、
今すぐ、同情ごっこはやめましょう。
あなたがモデルになって、振動数を上げ、変化すれば、
自動的にその人たちのエネルギーも変わります。


素直であること。
これは、幸せになるためには、大変重要なキーワードです。


私が何を言っても、受け取りたくない人は『でも・・』という言葉を繰り返すばかりで
受け取るつもりがありません。
私の言葉を受け取らなくても、自分で幸せを掴んで見せる!
というのなら、それはそれで頼もしい。
私は応援します。


でも、うだうだ言って、人や自分の不幸を見せびらかしている間は、
何一つ変わりません。
厳しいかもしれませんが、今ここでいらないものを手放さないと、
あなたはもっと大変な思いをする事になるのです。



もうすぐ手を離していても、幸せになれる世界がやって来るのです。
でも、本当の素直な自分を出してあげないと、むしろ苦しい世界に
なって行きます。
そんな意味のない感情はさっさと手放しましょう。


そして、『私は幸せになる!!』と宣言してください。


そして、いかにしたら自分を幸せにできるか、工夫しましょう。
自分の持っている幸せを感じる感受性を持ってください。


あなたが世界一不幸なんて事はまずありません。


世界を見回せば、親兄弟を目の前で殺されて、自分は強姦されて
その後無理やり兵士にさせられる子供だっています。
この現代ですら、生まれた時から死ぬまで奴隷として生きる人たちがいます。


毎日、命の危険に脅かされて生きる人々・・・、食べるものが無くて
子供が餓死していくのを見ているしかできない母親・・・。

あなたは、本当に不幸でしょうか?


私たちは、自分の不幸を数え上げる癖をもっていますが、
同じ癖なら、幸せを数え上げる癖を作りませんか?


塵のような幸せでも積もれば山のような幸せになるんです。


塵のような幸せ・・。でも、すっごく意識して幸せを探ってみるんです。
自分の不幸なところを探すなんて、勿体ないことはやめにして、
自分の持っている幸せを、何でもいいから探し出してください。


幸せと不幸って、びっくりするほど相対的なものだから、
視点さえ変えれば、人は幸せにも不幸にもなれます。


ある日、テレビで一生を奴隷として生きるように運命づけられている
少女のドキュメント番組をやっているのを見ました。
生まれたときから死ぬまで、先祖が抱えた借金のために、
親もそのまた親も、もちろんその少女も、地主のもとで
朝から晩まで働かされているというものでした。


この人たちは、一生その農園で働き、学校にも通わないため、
おそらく自分たちの借金がどのくらいあるのかさえ知らないままでしょう。
だから、どのくらい働けば、借金が返せるかすら知らずに、
一生をそこで過ごすのでしょう。
風邪を引いても、病気になっても、借金が増えてしまう。
だから、どんなに大変でも『病気にならないでおくれ』と彼女の母は
懇願していました。


ここだけを切り取って見ると、この少女はなんて不幸なんだろう、と
思います。自分の時間も自由もなく、教育も受けられず、
何一つ自分のやりたいことをやる自由もお金もない。


確かに、私たちの社会の規範から見たら、彼女は不幸な少女かもしれません。
けれど私は、この番組を見ていて、不思議と彼女がかわいそうだとは
思えませんでした。


彼女は、ずっと大変な思いをして働いていたけれど、ずっと家族と共に
過ごしている彼女の顔は、暗くはなかったし、その生活に
不満を抱いている様子もありませんでした。


何よりも、家族と一緒にいられる事をとても幸せと思っている様子でした。


唯一、その番組の中で彼女が涙を流したのが、一週間だけ、家族と離れて
違う場所で働かされた時でした。
いつもより、仕事そのものはずっと楽そうに見えたけれど、
彼女は、家族と一緒にいたい、家に帰りたい、とこっそり泣いていました。


私はそれを見たとき、この少女は、日本で教育は受けられるし好きなものも
買ってもらえるけれど、学校に馴染めなかったり、いじめられたり、
家に居場所がなかったりする子供たちよりも本当に不幸だろうか・・・?
と。


こんなに家族が愛し合い、協力し合っていられるのは、
この家族が、こんな境遇にあるからではないかしら。
こんなに強い愛情で一つになった家族といられる事は、
それだけで大きな幸せではないかしら・・・。

もちろん、この意見に依存がある人はたくさんいるでしょう。
人権の面から見れば、当然ひどい話です。


けれど、何が幸せなのか、一体誰が決めるのでしょうか?
かつて、アメリカの大統領リンカーン奴隷解放した時、
奴隷達は喜ばなかったといいます。
奴隷達は、これから一体どうやって生きていけばいいのか、と
怒りをぶつけたと聞きました。

それを知った時、学生だった私は驚きました。
私の認識では、奴隷のようなひどい扱いを受ける事から解放されたのに、
喜んで感激こそすれ、怒るなんて考えられないことだったからです。


本当の幸せって、つくづく他人が決めるものではないのだな、と
強く思います。

そして、誰かや何かと比べる類のものでもない、と。


あの人より私の方が幸せ、不幸せ、という認識のもとに生きているなら、
その人は、一生本物の幸せを手に入れる事はかなわないでしょう。


なぜなら、幸せは、その人の心の中でしか得ることができないものだから。
人と比べることで自分の幸せを確かめているなら、その幸せは残念ながら
にせものです。


それは物を手に入れたときに感じる一時的な満足にすぎません。
満たされている時には、幸せだけれど、足りない時は不幸。
それは、貧しい幸せです。
その幸せは欲望(エゴ)と紙一重です。



そう考えると、あの少女は、私たち物質的な豊かさを享受する者たちよりも
遥かに大きな豊さを心の中に持っているのではないでしょうか?


私たちは、自分の幸せをもっとしっかりと見つめなおす必要があると思います。
物理的な満足ばかりを追い求めていても、私たちの心の中が満たされることは
ありません。

あなたが裸になって何も持たなくなった時、あなたに何があるか考えみてください。


物ではない何かがあなたの元に何一つ残らないなら、あなたは人生の
本当の成功者とは言えないのです。
もはあなたに肩書きがなくなっても、あなたを大切に思ってくれる人が一人も
いないなら、あなたは悲しい人生を送っています。


逆にあなたが今、人生に失敗したと感じていても、あなたを支える家族が
そこにいるなら、あなたは決して敗者ではありません。
なぜなら、あなたは人生で一番大切な『愛』という贈り物を
手にしているから。



本物の幸せを手に入れてください。
自分が今のままで幸せな理由を、いっぱい見つけましょう。

あなたが本当に望むことは心から自分に素直になることでしか、
手にする事はできません。
どうか、そのことを知っていてください。


苦しみを作り出すその手を、幸せをつむぐ手に変えましょう。
今すぐ、そう「決意する」だけで、あなたは幸せの創り手に
なれるのです。

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